第1章 ベーシックインカムとは何か
ベーシックインカムの定義と概念
ベーシックインカム(Basic Income)、あるいはユニバーサル・ベーシック・インカム(Universal Basic Income, UBI)は、政府が全ての国民に対して無条件で定期的に一定額の現金を支給する社会保障制度のことを指します。
ベーシックインカムには、以下のような特徴があります。
普遍性(Universality)国籍、年齢、性別、雇用状況、所得水準などに関わらず、全ての国民を対象とする。これにより、特定の集団を優遇したり、差別したりすることがなくなります。
無条件性(Unconditionally)就労要件や資力調査など、受給のための条件を設けない。これにより、福祉の罠(失業手当などの受給条件のために就労意欲が損なわれること)を回避することができます。
個人単位(Individuality)世帯ではなく、個人を対象とする。これにより、世帯内の収入の偏りや、家族関係の変化(結婚、離婚など)に影響されずに、個人の尊厳が守られます。
定期性(Regularity)毎月や毎年など、定期的に支給される。これにより、将来に対する見通しを持つことができ、長期的な生活設計が可能になります。
現金給付(Cash Payment)現物給付ではなく、現金で支給される。これにより、個人の自由な選択が尊重され、必要に応じて柔軟に資金を活用することができます。
ベーシックインカムは、従来の社会保障制度とは異なり、事前の予防的措置として機能します。失業や貧困に陥る前から、全ての国民の基本的な生活を保障することを目的としています。
従来の社会保障制度は、失業や病気、障害など、特定のリスクに対して事後的に対応するものでした。一方、ベーシックインカムは、そのようなリスクが発生する前から、全ての国民に対して予防的に所得を保障するものです。
これにより、個人の生活の安定性が高まり、将来に対する不安が軽減されることが期待されます。また、ベーシックインカムによって、失業や貧困に陥るリスクを減らすことで、社会全体のセーフティネットが強化されることも期待されます。
さらに、ベーシックインカムは、社会的包摂(ソーシャル・インクルージョン)の理念に基づいています。社会的包摂とは、全ての国民が社会の一員として尊重され、社会参加の機会を得ることを重視する考え方です。
ベーシックインカムは、所得の多寡に関わらず、全ての国民に対して一定の所得を保障することで、社会的包摂を実現しようとするものです。これにより、貧困や格差によって社会的に排除されがちな人々も、社会の一員として尊重され、社会参加の機会を得ることができるようになります。
また、ベーシックインカムは、個人の自由と自律を尊重する考え方とも結びついています。経済的な不安から解放されることで、人々は自分の意思で仕事や活動を選択することができるようになります。これは、個人の自由と自律を促進するものだと言えます。
ただし、ベーシックインカムにも課題があります。まず、財源の問題です。全ての国民に対して定期的に現金を給付するためには、膨大な財源が必要になります。これをどのように確保するかが大きな課題となります。
また、ベーシックインカムが労働意欲を損なうのではないかという懸念もあります。無条件で現金が給付されることで、働くインセンティブが失われるのではないかという指摘です。
さらに、ベーシックインカムの給付水準をどの程度に設定するかも重要な問題です。あまりに低い水準では、十分な生活保障にならない一方で、高すぎる水準では財政的に持続可能性が問題となります。
このように、ベーシックインカムには様々な課題がありますが、同時に、従来の社会保障制度の限界を克服し、より包摂的で自由な社会を実現するための有力な選択肢の一つだと考えられています。
ベーシックインカムの議論は、単に経済的な問題にとどまらず、私たちがどのような社会を目指すのかという根本的な問いに関わるものです。ベーシックインカムを通じて、社会のあり方や個人の生き方について、深く考えることが求められています。
ベーシックインカムの歴史的背景
ベーシックインカムの理念は、18世紀のトマス・ペインの著作にまで遡ることができます。ペインは、イギリスの思想家で、アメリカ独立戦争にも影響を与えた人物です。
1797年に出版された『アグラリアン・ジャスティス』の中で、ペインは以下のように主張しました。
「土地は、もともと全ての人々に属するものであり、私有化されることで不平等が生じている。この不平等を是正するために、土地の私有化によって利益を得た人々は、その一部を社会に還元すべきである。具体的には、全ての国民に対して、無条件で一定額の現金を給付すべきである」
ペインのこの主張は、現代のベーシックインカムの原型とも言えるものです。ペインは、私有財産制度によって生じる不平等を是正するための手段として、ベーシックインカムを提案したのです。
ペインの提案は、当時は実現されませんでしたが、その理念は後の思想家たちに引き継がれていきました。
20世紀に入ると、ベーシックインカムの概念は、さまざまな思想家や運動によって発展させられました。
例えば、イギリスの経済学者ジョン・メイナード・ケインズは、1930年に出版された『経済的可能性の将来』の中で、以下のように述べています。
「将来的には、技術の進歩によって、人々は必要最低限の生活を保障された上で、自由に活動できるようになるだろう。週15時間程度の労働で、十分な生活水準を維持できるようになるかもしれない」
ケインズは、技術の進歩によって生産性が向上し、労働時間が短縮されることを予測しました。そして、そのような社会においては、全ての人々に対して必要最低限の生活を保障することが可能になると考えたのです。
1960年代から70年代にかけては、アメリカを中心に、ネガティブ・インカム・タックス(Negative Income Tax, NIT)の実験が行われました。
NITは、一定の所得水準以下の人々に対して、所得税を負の値(つまり、給付金)にすることで、現金を支給する制度です。この制度は、ベーシックインカムと類似した効果を持つものとして注目されました。
NITの実験は、アメリカの経済学者ミルトン・フリードマンによって提唱されました。フリードマンは、自由主義的な立場から、政府の介入を最小限に抑えつつ、貧困問題に対処するための方法としてNITを提案したのです。
NITの実験は、アメリカのいくつかの地域で実施され、一定の成果を上げました。しかし、同時に、労働意欲の低下などの課題も指摘されました。結局、NITは全国的な制度としては導入されませんでしたが、ベーシックインカムの議論に大きな影響を与えました。
1980年代以降は、ヨーロッパを中心に、ベーシックインカムに関する議論が活発化しました。
このように、ベーシックインカムの議論は、18世紀のペインの提案から始まり、20世紀以降、徐々に発展してきました。特に1980年代以降は、ヨーロッパを中心に、ベーシックインカムの導入を目指す具体的な運動が展開されるようになりました。
これらの運動は、従来の社会保障制度の限界を指摘し、より普遍的で無条件の支援の必要性を訴えてきました。同時に、ベーシックインカムによって、個人の自由と尊厳が守られ、より包摂的な社会が実現できるとの期待も示されてきました。
ただし、ベーシックインカムの導入には、財源の問題や労働インセンティブへの影響など、様々な課題があることも指摘されています。ベーシックインカムの実現可能性や具体的な制度設計については、今後も慎重な検討が必要とされています。
ベーシックインカムが注目される理由
近年、ベーシックインカムが注目される理由としては、大きく分けて以下の5つが挙げられます。
技術革新による雇用の変化
第4次産業革命とも呼ばれる技術革新が進む中で、AIやロボット工学の発展により、多くの職業が自動化される可能性が指摘されています。
例えば、自動運転技術の発展により、トラックやタクシーの運転手の仕事が失われる可能性があります。また、工場の生産ラインや事務作業なども、AIやロボットによって代替される可能性が高まっています。
このような技術革新によって、大量の失業者が発生し、所得格差が拡大することが懸念されています。実際、アメリカでは、1990年代以降、中間所得層の雇用が減少し、所得格差が拡大しているとの指摘があります。
これに対して、ベーシックインカムは、失業リスクが高まる中で、全ての国民の生活を保障するためのセーフティネットとして注目されているのです。
ベーシックインカムによって、たとえ仕事を失った場合でも、一定の所得が保障されることで、生活の安定性が高まることが期待されます。また、ベーシックインカムがあれば、個人は必ずしも収入を得るための仕事に縛られる必要がなくなります。このため、自分の意思で、新しい技術の習得やスキルアップに時間を割くことができるようになります。
ベーシックインカムは、単に失業者を救済するだけでなく、技術革新に適応するための個人の主体的な取り組みを支援する制度としても期待されているのです。
グローバル化による不安定雇用の増加
グローバル化の進展により、企業の国際競争が激化し、企業の海外移転や工場の閉鎖が増加しています。これに伴い、非正規雇用や派遣労働など、不安定な雇用形態が増加しています。
日本でも、1990年代以降、非正規雇用の割合が増加し、2020年には全雇用者の約40%を占めるに至っています。非正規雇用は、正規雇用と比べて、雇用が不安定で、賃金も低い傾向があります。
このような不安定な雇用状況の中で、個人の生活を守るためのセーフティネットとして、ベーシックインカムへの期待が高まっています。
ベーシックインカムがあれば、たとえ非正規雇用であっても、一定の所得が保障されるため、生活の安定性が高まります。また、ベーシックインカムによって、個人の交渉力が高まることで、雇用条件の改善につながる可能性もあります。
さらに、ベーシックインカムがあれば、個人は必ずしも不安定な雇用に縛られる必要がなくなります。このため、自分の意思で、よりやりがいのある仕事を探したり、起業に挑戦したりすることができるようになります。
グローバル化がもたらす雇用の不安定化に対して、ベーシックインカムは、個人の生活と尊厳を守るための重要な選択肢の一つとなりつつあります。
社会保障制度の限界
既存の社会保障制度は、失業保険や生活保護など、特定の条件下で支援を提供するものです。しかし、これらの制度には、以下のような限界があることが指摘されています。
まず、失業保険は、一定期間の雇用と保険料の支払いを条件としているため、非正規雇用者や自営業者などは十分な保護を受けられない可能性があります。また、失業保険の給付期間は限定されているため、長期の失業には対応できません。
生活保護は、最後のセーフティネットとして位置づけられていますが、受給要件が厳しく、また、受給者に対する社会的なスティグマ(恥辱感)が強いため、本当に支援を必要とする人々に十分な援助が行き届いていないという問題があります。
さらに、既存の社会保障制度は、縦割り的で複雑な仕組みとなっているため、利用者にとってわかりにくく、また、行政にとっても運営コストが高くなっているという課題もあります。
これに対して、ベーシックインカムは、全ての国民に対して無条件で給付されるため、このような既存の社会保障制度の限界を克服することができると期待されています。
ベーシックインカムは、雇用形態や個人の属性に関わらず、全ての国民の生活を保障するものです。このため、失業保険のような加入条件や給付期間の制限はありません。また、生活保護のような受給要件もないため、社会的なスティグマも生じにくいと考えられます。
さらに、ベーシックインカムは、シンプルな制度設計が可能であるため、利用者にとってもわかりやすく、また、行政コストも削減できる可能性があります。
ただし、ベーシックインカムを導入する場合、既存の社会保障制度との関係性を整理する必要があります。ベーシックインカムと既存の制度を組み合わせることで、より効果的で効率的な社会保障制度を設計することが求められます。
貧困と格差の解消
先進国を中心に、所得格差の拡大と貧困の固定化が社会問題となっています。
例えば、アメリカでは、1980年代以降、所得格差が拡大傾向にあり、特に富裕層への富の集中が進んでいます。また、貧困率も1960年代以降、ほとんど改善されていません。
日本でも、1990年代以降、所得格差が拡大傾向にあり、特に若年層や高齢者、シングルマザーなどで貧困率が高くなっています。
このような状況に対して、ベーシックインカムは、全ての国民に一定の所得を保障することで、貧困と格差の解消に寄与すると期待されています。
ベーシックインカムによって、全ての国民の所得が一定水準以上に保障されることで、絶対的な貧困は解消されます。また、ベーシックインカムは、所得再分配の効果があるため、所得格差の縮小にも寄与すると考えられます。
さらに、ベーシックインカムは、個人の尊厳を守るための基盤となります。ベーシックインカムがあれば、たとえ低所得であっても、人間らしい生活を送るための最低限の資金が保障されます。これは、全ての国民の尊厳を守るための重要な施策だと言えます。
ただし、ベーシックインカムが貧困と格差の解消に寄与するためには、その給付水準が十分である必要があります。あまりに低い水準では、貧困の解消には不十分です。一方で、高すぎる水準では、財政的な持続可能性が問題となります。ベーシックインカムの適切な給付水準については、慎重な検討が必要とされています。
自己実現とウェルビーイングの向上
ベーシックインカムは、個人の自己実現とウェルビーイング(幸福度や生活の質)の向上にも寄与すると期待されています。
従来の社会保障制度は、主に物質的な支援に重点を置いてきました。しかし、人間の幸福には、物質的な豊かさだけでなく、自己実現や社会的つながりなど、様々な要素が関わっています。
ベーシックインカムは、全ての国民に無条件で一定の所得を保障することで、個人の選択の自由を拡大します。経済的な不安から解放された個人は、自分の価値観に基づいて、より自由に生き方を選択できるようになります。
例えば、ベーシックインカムがあれば、個人は必ずしも収入を得るための仕事に縛られる必要がなくなります。このため、自分の関心や才能に基づいて、ボランティアやNPO活動に取り組んだり、芸術や文化活動に専念したりすることが可能になります。
また、ベーシックインカムによって、個人の交渉力が高まることで、よりやりがいのある仕事を選択したり、労働条件の改善を求めたりすることもできるようになります。
さらに、ベーシックインカムは、社会的つながりの強化にも寄与すると考えられます。経済的な理由で社会参加が制限されていた人々も、ベーシックインカムによって、地域活動やボランティア活動に参加しやすくなります。これは、社会的孤立の防止や、コミュニティの活性化につながることが期待されます。
ただし、ベーシックインカムが自動的に個人の自己実現やウェルビーイングの向上につながるわけではありません。ベーシックインカムは、あくまでもその基盤となる制度であり、それを活用するかどうかは個人の選択に委ねられています。
また、自己実現やウェルビーイングには、経済的な要素だけでなく、教育や健康など、様々な要素が関わっています。ベーシックインカムと並行して、これらの分野での施策も求められます。
ベーシックインカムの哲学的・倫理的基盤
ベーシックインカムの考え方は、以下のような哲学的・倫理的基盤に基づいています。
自由の保障
ベーシックインカムは、全ての国民に無条件で一定の所得を保障することで、個人の自由を拡大するものです。
古典的自由主義の思想家であるジョン・ロックは、個人の生命、自由、財産の権利は自然権であり、国家はこれらの権利を守るために存在すると考えました。ベーシックインカムは、この自由の権利を経済的な側面から保障するものだと言えます。
ベーシックインカムによって、全ての国民は、最低限の経済的基盤を得ることができます。これにより、個人は経済的な強制から解放され、自分の意思で生き方を選択できるようになります。
例えば、ベーシックインカムがあれば、個人は必ずしも嫌な仕事に従事する必要がなくなります。また、ベーシックインカムを基盤として、自分の関心や才能に基づいて、新しいことにチャレンジすることもできるようになります。
このように、ベーシックインカムは、個人の自由を実質的に保障するための制度だと言えます。それは、単に形式的な自由ではなく、経済的な基盤に裏打ちされた実質的な自由を目指すものです。
ただし、ベーシックインカムが個人の自由を保障するためには、その給付水準が十分である必要があります。あまりに低い水準では、実質的な自由の保障にはつながりません。ベーシックインカムの適切な給付水準をどのように設定するかは、重要な課題の一つです。
平等の実現
ベーシックインカムは、全ての国民に対して平等に給付されるため、機会の平等を実現する手段となります。
現代社会では、家庭の経済状況などによって、個人の機会が大きく左右されています。例えば、貧困家庭の子どもは、十分な教育を受ける機会を得られず、その結果、社会的な不利益を被ることがあります。
ベーシックインカムは、このような機会の不平等を是正するための施策の一つです。ベーシックインカムによって、全ての国民が一定の経済的基盤を得ることで、家庭の経済状況に左右されない機会の平等が実現されます。
また、ベーシックインカムは、所得再分配の効果もあります。現代社会では、所得と富の偏在が問題となっていますが、ベーシックインカムは、富裕層から貧困層への所得移転を実現することで、所得格差の是正にも寄与します。
ただし、ベーシックインカムが機会の平等を実現するためには、教育や医療など、他の分野での施策も並行して行う必要があります。ベーシックインカムは、あくまでもその基盤となる制度であり、それだけで完全な平等が実現されるわけではありません。
社会正義の追求
ベーシックインカムは、社会正義の観点からも正当化されます。
社会正義とは、社会的な利益や負担を公正に分配することを目指す考え方です。ジョン・ロールズの正義論によれば、社会正義は以下の2つの原理に基づいています。
第一原理 平等な自由の原理。全ての個人は、平等な基本的自由を持つべきである。
第二原理 格差原理。社会的・経済的な不平等は、最も不遇な人々の利益を最大化するように調整されるべきである。
ベーシックインカムは、これらの社会正義の原理に適合的な制度だと言えます。
まず、ベーシックインカムは、全ての国民に無条件で給付されるため、平等な自由の原理に適合しています。ベーシックインカムによって、全ての国民は、最低限の経済的自由を保障されます。
また、ベーシックインカムは、格差原理にも適合しています。ベーシックインカムは、所得再分配の効果があるため、社会的・経済的な不平等を是正する方向に作用します。特に、ベーシックインカムは、最も不遇な人々の生活を改善するための施策だと言えます。
ただし、ベーシックインカムが社会正義を実現するためには、その財源をどのように確保するかが重要な問題となります。ベーシックインカムの財源を富裕層への増税で賄う場合、社会正義の観点からは正当化されやすいですが、他方で、経済的な効率性の観点からは問題が生じる可能性もあります。
人間の尊厳の尊重
ベーシックインカムは、全ての人々の人間としての尊厳を尊重する考え方に基づいています。
人間の尊厳とは、全ての人間が生まれながらにして持つ固有の価値のことを指します。カントの哲学では、人間は単なる手段ではなく、それ自体が目的として扱われるべき存在だと考えられました。
現代社会では、経済的な理由から、人間の尊厳が脅かされている状況があります。例えば、極度の貧困状態では、人間らしい生活を送ることが困難になります。また、過酷な労働条件の下では、人間が単なる手段として扱われてしまう危険性があります。
ベーシックインカムは、このような人間の尊厳を脅かす状況を改善するための施策の一つです。ベーシックインカムによって、全ての人々は、人間らしい生活を送るための最低限の経済的基盤を得ることができます。これは、全ての人々の尊厳を守るための重要な施策だと言えます。
また、ベーシックインカムは、人間を単なる労働力としてではなく、個人として尊重する考え方に基づいています。ベーシックインカムがあれば、個人は必ずしも収入を得るための仕事に従事する必要がなくなります。これは、人間を労働力としてではなく、それ自体が目的として扱うことを可能にするものです。
ただし、ベーシックインカムが人間の尊厳を尊重するためには、その給付水準が十分である必要があります。あまりに低い水準では、人間らしい生活を送ることは困難です。ベーシックインカムの適切な給付水準をどのように設定するかは、人間の尊厳の観点からも重要な課題です。
連帯と共生の精神
ベーシックインカムは、社会の構成員全員が互いに支え合い、共に生きていくための連帯と共生の精神を体現するものです。
連帯とは、社会の構成員が互いに結びつき、助け合う関係性のことを指します。共生とは、多様な人々が互いの違いを認め合い、対等な関係の下で共に生きていくことを指します。
ベーシックインカムは、全ての国民に無条件で給付されるため、社会の構成員全員が互いに支え合う関係性を作り出します。ベーシックインカムによって、全ての国民は、社会の一員として尊重され、必要な支援を受けられることが保障されます。
これは、社会的な連帯の精神を体現するものだと言えます。ベーシックインカムは、「自分だけが良ければいい」という利己的な考え方ではなく、「みんなが幸せになるためにはどうすればいいか」という利他的な考え方に基づいています。
また、ベーシックインカムは、多様な人々が共に生きていくための基盤となります。ベーシックインカムによって、経済的な理由から社会的に排除されていた人々も、社会の一員として包摂されることになります。
これは、共生の精神を体現するものだと言えます。ベーシックインカムは、多様な人々が互いを尊重し合い、対等な関係の下で共に生きていくことを可能にします。
ただし、ベーシックインカムが連帯と共生の精神を体現するためには、社会的な合意形成が必要です。ベーシックインカムに対しては、「自分で稼がずに楽をしようとする人を助長するのではないか」といった批判もあります。
このような批判に対しては、ベーシックインカムが単なる「施し」ではなく、社会の構成員全員が互いに支え合うための制度であることを丁寧に説明していく必要があります。また、ベーシックインカムと並行して、社会参加を促進するための施策を行うことも重要です。
以上のように、ベーシックインカムは、自由、平等、社会正義、人間の尊厳、連帯と共生といった哲学的・倫理的な価値に基づいています。これらの価値は、現代社会が目指すべき方向性を示すものだと言えます。
ベーシックインカムは、これらの価値を経済的な側面から実現するための具体的な施策の一つです。ベーシックインカムによって、全ての国民の基本的な生活が保障され、その上で、自由に生き方を選択できる社会が実現されることが期待されます。
ただし、ベーシックインカムにはデメリットもあります。最も大きな問題は、ベーシックインカムの財源をどのように確保するかということです。ベーシックインカムを全ての国民に支給するためには膨大な財源が必要であり、その財源を増税によって賄おうとすれば、国民の反発を招く可能性もあります。
また、ベーシックインカムを支給することで、勤労意欲が低下し、経済成長にマイナスの影響を及ぼすのではないかという懸念もあります。さらに、ベーシックインカムを受け取ることで満足してしまい、自己啓発や社会参加への意欲が失われるのではないかという指摘もあります。
したがって、ベーシックインカムの導入に際しては、このようなデメリットを最小限に抑えるための工夫が必要です。例えば、ベーシックインカムの支給額を適切に設定したり、ベーシックインカムと並行して教育や職業訓練などの施策を行ったりすることで、デメリットを抑制することが可能だと考えられます。
また、ベーシックインカムの導入には、社会的な合意形成が不可欠です。ベーシックインカムは、社会のあり方に大きな変革をもたらす可能性がある制度です。したがって、その導入には、国民的な議論を経て、社会的な合意を形成していく必要があります。
ベーシックインカムについては、今後も様々な観点から議論が行われていくことが予想されます。哲学的・倫理的な観点からは、上述のようなベーシックインカムの正当化根拠が提示される一方で、経済学的な観点からは、財源問題や勤労インセンティブへの影響など、ベーシックインカムの実現可能性をめぐる議論が行われています。
また、政治学的な観点からは、ベーシックインカムをめぐる政治的な対立構造や、ベーシックインカム導入に向けた政治的なプロセスなどが分析されています。社会学的な観点からは、ベーシックインカムが社会関係や社会構造に与える影響などが考察されています。
これらの多様な観点からの議論を踏まえつつ、ベーシックインカムの可能性と限界を冷静に見極めていくことが求められています。その上で、ベーシックインカムを、より自由で平等な社会を実現するための一つの選択肢として位置づけ、その実現に向けた具体的な方策を検討していく必要があるでしょう。
ベーシックインカムは、単に経済的な問題にとどまらず、私たちがどのような社会を目指すのかという根本的な問いに関わるテーマです。ベーシックインカムについての議論を通じて、自由、平等、社会正義といった価値について改めて考え、より良い社会のあり方を模索していくことが期待されます。
ベーシックインカムと幸福・ウェルビーイングの関係性
ベーシックインカムは、個人の幸福やウェルビーイング(Well-being 良い状態にあること、幸福、福祉)の向上にも寄与すると期待されています。
伝統的な経済学では、幸福は主に所得や消費といった経済的な指標で測定されてきました。しかし、近年の幸福学(Happiness Studies)や、ウェルビーイング研究では、幸福やウェルビーイングには、経済的な要素だけでなく、健康、人間関係、自己実現など、様々な要素が関わっていることが明らかになっています。
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