ベーシックインカム 批判と反論 怠惰になるのか?財政 財源は?第7章 第8章 2万文字解説

 

  1. 第7章 ベーシックインカムの批判と反論
    1. 労働意欲の低下
    2. 財源の問題
    3. インフレーションの懸念
    4. 移民流入の懸念
    5. 既存の社会保障制度との整合性
    6. 政治的実現可能性
    7. 社会的公正性の問題
    8. 人々の自立性の低下
    9. 家族や共同体の絆の弱体化
    10. 技術革新による失業の加速
    11. 国際競争力の低下
    12. 受給者の心理的影響
    13. 社会的な不平等の固定化
    14. 地域経済への影響
    15. 世代間の公平性
    16. 政治的な悪用の可能性
    17. 社会的な規範の変容
    18. 教育や人材育成への影響
    19. 犯罪率への影響
    20. 海外への資本流出
    21. 政治的な実現可能性
  2. ベーシックインカムに対する主な批判
    1. (1)労働意欲の低下
    2. (2)財政的な持続可能性への疑問
    3. (3)既存の社会保障制度との関係
    4. (4)社会的な公正への疑問
  3. ベーシックインカムは怠惰を助長するのか
  4. ベーシックインカムは財政的に持続可能なのか
  5. ベーシックインカムは社会的分断を招くのか
  6. 批判に対する反論と解決策
  7. ベーシックインカムの限界と課題
  8. 第8章 ベーシックインカムと関連する概念
  9. ネガティブインカムタックスとの比較
  10. ユニバーサル・ベーシック・サービスとの関係
  11. 参加所得の考え方
  12. ベーシックインカムとシティズンシップの関係性
  13. ベーシックインカムとケイパビリティ・アプローチの関係性
    1. 例えば、同じ所得でも、障碍があるために移動の自由が制約されている人と、そうでない人とでは、明らかに豊かさに差がある。
    2. 例えば、ベーシックインカムがあれば、過酷な労働条件の仕事を辞めて、より自分の興味や関心に合った仕事を探すことができるようになる。
  14. その他の関連する概念や提案
    1. 一つ目は、「ベーシック・アセット」や「ベーシック・キャピタル」と呼ばれる、全ての人に一定額の資産を保障しようという構想だ。
    2. 二つ目は、「ベーシック・エコロジー・インカム」と呼ばれる、環境保全に対する報酬としてのベーシックインカムの構想である。
    3. 三つ目は、金融緩和政策としてのベーシックインカムである。
  15. ベーシックインカムが尊厳を守る?

第7章 ベーシックインカムの批判と反論

ベーシックインカムは、これまで見てきたように、貧困削減やウェルビーイングの向上など、様々な可能性を秘めた政策だと言えます。しかし、同時に、ベーシックインカムに対しては、様々な批判や懸念も提起されています。
ここでは、ベーシックインカムに対する主要な批判とそれへの反論について、詳しく見ていきます。批判と反論を丁寧に検討することで、ベーシックインカムの可能性と課題についての理解を深めることができるはずです。

労働意欲の低下

批判 ベーシックインカムにより、人々が働く必要性を感じなくなり、労働意欲が低下するのではないか。
反論 実証実験の結果では、労働時間の減少は限定的であり、むしろ人々は自分の望む仕事を探すようになる傾向が見られました。また、ベーシックインカムがあれば、低賃金の仕事を辞めて、教育や起業に取り組むことができるようになります。

財源の問題

批判 ベーシックインカムを実施するには膨大な財源が必要であり、現実的ではない。
反論 ベーシックインカムの財源は、社会保障制度の簡素化による行政コストの削減、所得税の見直し、消費税の活用など、様々な方法で捻出できる可能性があります。また、ベーシックインカムによる経済活性化効果も期待できます。

ベーシックインカムを実現するためには、国が莫大な財源を確保しなければならないとされています。例えば、日本の国民年金の満額である月額約6万5千円(2022年現在)を全員に支給する場合、年間約45兆円の財源が必要です。
歳出削減や課税 財源を捻出するために、歳出削減や課税が考えられます。例えば、消費税を1%増税することで、21.7%の引き上げが必要となり、国民の負担感が高まる可能性があります。
給付付き税額控除 一定額の課税前所得を上回る中高所得者からは所得税を徴収し、一定額を下回る低所得者からは税を徴収せず、逆に還付金を給付する制度である。プラグマティックな財源確保方法としても利用できます。
日本の場合
国民1人当たり10万円のベーシックインカムを支給する場合、月額12兆円、年額144兆円の予算が必要です。
これは、現行の社会保障水準を維持するために必要な予算を超える規模です。新税の導入や財源の再編が必要とされます。

インフレーションの懸念

批判 ベーシックインカムを導入すると、物価が上昇し、インフレーションを引き起こすのではないか。
反論 ベーシックインカムが直接的にインフレーションを引き起こすとは限りません。むしろ、需要の安定化や経済の底上げ効果により、デフレ脱却に寄与する可能性もあります。ただし、物価動向には注視が必要です。

移民流入の懸念

批判 ベーシックインカムを導入すると、その国に移民が流入し、財政負担が増加するのではないか。
反論 移民の流入を防ぐために、一定期間その国に居住していることをベーシックインカム受給の条件とするなどの措置を取ることができます。また、移民の社会統合を促進する効果も期待できます。

既存の社会保障制度との整合性

批判 ベーシックインカムは、既存の社会保障制度と整合性が取れないのではないか。
反論 ベーシックインカムを導入する際は、既存の社会保障制度をどのように再編するかについて検討が必要です。ベーシックインカムと他の社会保障制度を組み合わせることで、より効果的で効率的な社会保障システムを構築できる可能性があります。

政治的実現可能性

批判 ベーシックインカムは、政治的に実現可能性が低いのではないか。
反論 ベーシックインカムに対する社会的な関心は高まっており、様々な国で実証実験が行われています。政治的には、ベーシックインカムを支持する政党や政治家も増えつつあります。ただし、国民的な議論と合意形成が必要不可欠です。

社会的公正性の問題

批判 ベーシックインカムは、働いている人と働いていない人を平等に扱うことになるため、社会的公正性に反するのではないか。
反論 ベーシックインカムは、最低限の生活を保障するものであり、働いている人の収入とは別に支給されます。また、ベーシックインカムがあれば、失業や病気などのリスクに対する安心感が生まれ、社会的な公正性が高まる可能性もあります。

人々の自立性の低下

批判 ベーシックインカムによって、人々が政府に依存するようになり、自立性が低下するのではないか。
反論 ベーシックインカムは、人々の基本的なニーズを満たすことで、かえって自立性を高める可能性があります。経済的な不安から解放されることで、人々は自分の人生を主体的に選択できるようになります。

家族や共同体の絆の弱体化

批判 ベーシックインカムによって、家族や共同体の絆が弱まり、社会的な孤立が進むのではないか。
反論 ベーシックインカムがあれば、家族や共同体のメンバーが経済的な理由で無理な働き方をする必要がなくなります。その結果、家族や共同体の絆を深める時間が増え、社会的な孤立を防ぐ効果も期待できます。

技術革新による失業の加速

批判 ベーシックインカムは、技術革新によって失業が加速する中で、労働意欲を減退させ、社会問題を悪化させるのではないか。
反論 技術革新による失業は避けられない面があります。ベーシックインカムは、そうした状況下で人々の生活を守る「セーフティネット」としての役割を果たすことができます。また、失業者が再教育を受けたり、新しい分野に挑戦したりする機会を提供する効果も期待できます。

国際競争力の低下

批判 ベーシックインカムを導入することで、国際競争力が低下し、経済的な立ち後れが生じるのではないか。
反論 ベーシックインカムによって、国民の購買力が向上し、内需が拡大する効果が期待できます。また、ベーシックインカムがあれば、労働者が自分に適した仕事を選択できるようになり、長期的には生産性の向上につながる可能性があります。

受給者の心理的影響

批判 ベーシックインカムを受給することで、人々の自尊心が傷つき、受給者であることに対する stigma(スティグマ)が生じるのではないか。
反論 ベーシックインカムは、全ての国民に無条件で支給されるため、特定の人々が受給者であるとみなされることはありません。また、ベーシックインカムがあることで、経済的な不安から解放され、かえって自尊心が高まる可能性もあります。ただし、ベーシックインカムが心理的な影響を与えないよう、社会的な理解と支援が必要です。

社会的な不平等の固定化

批判 ベーシックインカムは、社会的な不平等を固定化し、格差を拡大するのではないか。
反論 ベーシックインカムは、所得の再分配効果を持つため、むしろ社会的な不平等を緩和する可能性があります。また、ベーシックインカムがあれば、教育や職業訓練の機会を得られるようになり、長期的には社会的な流動性が高まることも期待できます。ただし、ベーシックインカムだけでは不平等の解消は難しく、他の社会政策との組み合わせが必要です。

地域経済への影響

批判 ベーシックインカムを導入することで、地方から都市部への人口流出が加速し、地域経済が衰退するのではないか。
反論 ベーシックインカムがあれば、地方に住み続けることが経済的に可能になります。また、地域社会での活動に参加する時間が増えることで、地域コミュニティの活性化につながる可能性もあります。ただし、地域経済の活性化のためには、ベーシックインカムと併せて、地域の特性を生かした産業振興策などが必要です。

世代間の公平性

批判 ベーシックインカムの財源を確保するために、将来世代の負担が増加するのではないか。
反論 ベーシックインカムの財源は、現在の社会保障制度の見直しや、消費税の活用などによって工面することが可能です。また、ベーシックインカムによって社会的なコストが削減されれば、将来世代の負担を軽減することもできます。ただし、世代間の公平性に配慮しつつ、持続可能な財源確保の方策を検討することが重要です。

政治的な悪用の可能性

批判 ベーシックインカムが政治的に悪用され、ポピュリズム的な政策に利用されるのではないか。
反論 ベーシックインカムは、その理念や目的を明確にし、国民的な議論を通じて丁寧に設計することが重要です。また、ベーシックインカムの導入と並行して、政治や行政の透明性を高める取り組みが必要です。ポピュリズムに対しては、国民自らがしっかりとした判断を行い、政治をチェックすることが不可欠です。

社会的な規範の変容

批判 ベーシックインカムによって、労働に対する社会的な価値観が変容し、勤労意欲の低下や社会的な規範の崩壊につながるのではないか。
反論 ベーシックインカムは、必ずしも労働に対する価値観を否定するものではありません。むしろ、個人が自発的に労働に従事することの意義を再認識する機会となる可能性があります。また、ベーシックインカムによって、ボランティア活動やケア労働など、これまで十分に評価されてこなかった社会的に意義のある活動に従事する人々が増えることも期待できます。社会的な規範の変容は、むしろポジティブな方向に作用する可能性があります。

教育や人材育成への影響

批判 ベーシックインカムがあることで、教育を受ける意欲が低下し、長期的な人材育成に悪影響を及ぼすのではないか。
反論 ベーシックインカムは、経済的な理由で教育を断念せざるを得ない人々に、学びの機会を提供する可能性があります。また、ベーシックインカムによって、個人が自分の適性や興味に基づいて教育を受けることができるようになれば、かえって教育の質が向上することも期待できます。ただし、教育制度の充実とベーシックインカムの導入を併せて進めることが重要です。

犯罪率への影響

批判 ベーシックインカムによって、経済的な動機に基づく犯罪が増加するのではないか。
反論 ベーシックインカムは、貧困に起因する犯罪を防止する効果が期待できます。また、ベーシックインカムによって、社会的な孤立や疎外感が緩和されれば、犯罪の温床となる要因を取り除くことにもつながります。ただし、犯罪防止のためには、ベーシックインカムと併せて、社会的な包摂や教育の充実などの施策が必要です。

海外への資本流出

批判 ベーシックインカムの導入によって、高所得者層が海外に移住し、国内からの資本流出が進むのではないか。
反論 ベーシックインカムの財源を所得税の増税のみに依存するのではなく、消費税や資産課税などを組み合わせることで、資本流出のリスクを軽減することができます。また、ベーシックインカムによって国内の需要が喚起され、投資環境が改善すれば、むしろ国内への投資が増加する可能性もあります。ただし、グローバルな経済環境を考慮しつつ、慎重な制度設計が求められます。

政治的な実現可能性

批判 ベーシックインカムは、既得権益との調整が困難であり、また、国民的な合意形成が難しいのではないか。
反論 ベーシックインカムの導入には、確かに政治的な困難が伴います。しかし、社会的な不安定性が増大する中で、ベーシックインカムに対する国民的な関心は高まっています。また、ベーシックインカムの導入を段階的に進めることで、既得権益との調整を図ることも可能です。政治的なリーダーシップと国民的な議論を通じて、ベーシックインカムの実現に向けた道筋を築いていくことが重要です。

ベーシックインカムに対する主な批判

ベーシックインカムに対する批判は、多岐にわたります。ここでは、特に重要と思われる批判を4つ取り上げます。

(1)労働意欲の低下

ベーシックインカムに対する最も一般的な批判の一つが、それが労働意欲を低下させるのではないか、というものです。無条件の現金給付があれば、人々は働く必要がなくなり、怠惰になるのではないか。そのような懸念が提起されるのです。
この批判は、ベーシックインカムが無条件の給付だという点に着目したものです。通常の社会保障給付は、就労や求職活動などの条件と結びついています。これに対し、ベーシックインカムは、そうした条件を課さない。このことが、労働意欲の低下につながるのではないか、というわけです。

ベーシックインカムの支給額が生活に必要な最低限度の金額であれば、労働意欲の低下は限定的だと考えられます。また、ベーシックインカムによって、より創造的な仕事に専念できるようになるという効果も期待されています。

(2)財政的な持続可能性への疑問

ベーシックインカムに対するもう一つの重要な批判が、それが財政的に持続可能なのか、というものです。全ての国民に一定額を定期的に支給するためには、膨大な財源が必要になる。そうした財源を確保することは、現実的に可能なのだろうか。そのような疑問が投げかけられるのです。
特に、高福祉高負担型の社会保障制度を持つ国では、ベーシックインカムの財源確保が大きな課題になると考えられます。既存の社会保障制度の財源に加えて、ベーシックインカムの財源を確保するためには、大幅な増税が必要になるかもしれません。そうした増税が政治的に受け入れられるのか、という問題があります。

財源確保の課題
高福祉高負担型の国では、ベーシックインカムを導入するためには大規模な財源が必要となる。
例えば、1人当たり月85,624円のベーシックインカムを支給するためには、年間115兆2,000億円の財源が必要と試算されている。
このような膨大な財源を確保するためには、所得税の引き上げなど、大幅な増税が不可欠となる。
増税による課題
増税によって、特に単身者の負担が増大するという問題がある。
また、増税は労働意欲の低下や経済活動の停滞につながる可能性がある。
その他の課題
ベーシックインカムの導入によって、社会保険制度への加入が不要になるため、制度からの脱落者が増加する可能性がある。
ベーシックインカムの支給水準をどのように設定するかも大きな課題となる。

(3)既存の社会保障制度との関係

ベーシックインカムに対する批判の中には、それが既存の社会保障制度とどのような関係に立つのか、という点を問うものもあります。ベーシックインカムは、既存の制度を代替するものなのか、それとも補完するものなのか。その位置づけが明確でない、という指摘です。
特に、ベーシックインカムが既存の制度を代替するものだとすれば、そこには大きな困難が伴うと考えられます。年金や医療、介護など、現在の社会保障制度は複雑な仕組みで成り立っています。それらを一挙にベーシックインカムに置き換えることは、技術的にも政治的にも難しいでしょう。

最低生活保障と最低所得保証は異なる概念
最低生活保障には、医療・介護サービスの提供や障害者支援など、ベーシックインカムだけでは担えない要素が含まれる。
ベーシックインカムの給付額設定が難しい
世帯単位での最低所得保証額を適切に設定するのは専門家でも難しい課題。
現行の公的保障制度が非常に手厚い
日本の公的保障は医療、年金、失業保険など、ベーシックインカムでは代替できない範囲が広い。
社会保障制度の全面的な廃止は困難
生活保護などの制度を一挙にベーシックインカムに置き換えるのは、技術的にも政治的にも大きな障壁がある。

(4)社会的な公正への疑問

ベーシックインカムに対しては、社会的な公正の観点からの批判も提起されています。ベーシックインカムは、働いている人と働いていない人を平等に扱うものです。果たしてそれが公正なのか、という疑問が呈されるのです。
特に、「働けるのに働かない」人にも無条件で現金を給付することは、働いている人にとって不公平ではないか。そのような批判があります。働いている人の税金を使って、働かない人を助けるのは適切なのか。この問いは、ベーシックインカムの根幹に関わる重要な問題提起だと言えます。

ベーシックインカムの目的は、すべての人に最低限の生活を保証することです。
働いている人と働いていない人を完全に平等に扱うわけではありません。ベーシックインカムは最低限の生活を保証するものであり、それ以上の所得は労働によって得られます。
ベーシックインカムは、労働を強制するのではなく、むしろ自由な選択を可能にします。働くか否かは個人の自由になります。
一方で、ベーシックインカムによって、パワハラやセクハラなどの問題のある仕事を辞める自由が得られるなど、労働環境の改善も期待できます。
完全な平等ではありませんが、最低限の生活を保証し、多様な生き方を可能にするという点で、ベーシックインカムは公正な制度だと考えられます。

ベーシックインカムに対しては、様々な批判や懸念が存在する。本章では、それらの批判に対して、反論と解決策を模索する。

ベーシックインカムは怠惰を助長するのか

ベーシックインカムへの最も一般的な批判の一つは、無条件で一定額の所得を保障することで、人々の勤労意欲を損ない、怠惰を助長するというものだ。つまり、働かなくても生活できる保障があれば、多くの人は労働を避け、社会に寄生するようになるのではないか、という懸念である。
しかし、これまでに行われたベーシックインカムの実証実験の多くは、この懸念が杞憂であることを示唆している。例えば、1970年代に米国で行われた「ニュージャージー・ペンシルベニア・ネガティブ所得税実験」では、ベーシックインカムを受給した世帯の労働時間の減少率は、男性で7%、女性で17%に留まった。また、カナダのマニトバ州で1970年代に行われた「ミンカム実験」でも、受給者の労働時間の減少は1日あたり1時間程度で、その多くは新しいスキルの習得やボランティア活動に充てられていた。
このように、ベーシックインカムが労働意欲を大きく損なうという証拠は乏しい。むしろ、ベーシックインカムによって経済的な不安が解消されることで、人々はより自発的で創造的な活動に打ち込めるようになる可能性がある。例えば、ベーシックインカムがあれば、従来なら生活のために忍耐を強いられていた仕事から解放され、自分の天職を探したり、新しいスキルを身につけたりする自由が広がるだろう。
また、ベーシックインカムは、現行の社会保障制度が抱える「貧困の罠」の問題を解消する効果も期待できる。「貧困の罠」とは、福祉給付が就労による収入の増加に伴って削減・打ち切りされるため、低所得層が就労意欲を失ってしまう現象を指す。ベーシックインカムは就労の有無に関わらず無条件で支給されるため、この罠に陥ることなく、就労とベーシックインカムを組み合わせて、徐々に自立に向かうことができる。
もちろん、ごく一部の人がベーシックインカムに寄りかかって怠惰に流れる可能性は否定できない。しかし、そのような例外的なケースへの対処は、ベーシックインカム以外の社会政策(例えば、教育や職業訓練、社会参加の機会の提供など)で行うべきであり、大多数の人の自由と創造性を広げるベーシックインカムの意義を損なうものではない。

ベーシックインカムの導入には、労働意欲の低下という批判があります。しかし、最低限の所得が保証される社会では、劣悪な労働条件で無理に働く必要がなくなり、労働者が仕事を選びやすくなります。長時間残業が当たり前になっていたり、労働と賃金が見合っていないブラック企業は淘汰される可能性が高いでしょう。
また、フィンランドで行われたベーシックインカム実験では、受給者の雇用率に変化がなかったことが報告されています。労働意欲を損なわずに、生活の安定と自由な選択を提供できる可能性が示唆されています。
ただし、ベーシックインカムの目的や効果、リスクを明確に示し、慎重に検討する必要があります。単純な政策ではなく、経済・社会・文化のあり方を根本的に見直すことを求める提案だからです。

ベーシックインカム最低限の生活保障と自由な選択を両立できる可能性を秘めた制度だと考えられます。ただし、その実現には多くの課題もあり、慎重な検討が求められます。

ベーシックインカムは財政的に持続可能なのか

ベーシックインカムのもう一つの重大な懸念は、その財源をどのように確保するかという問題である。仮に全ての国民に月額10万円のベーシックインカムを支給するとすれば、年間約100兆円の財源が必要になる。これは、現在の日本の国家予算の規模を大きく上回る額であり、単純に考えれば、財政の持続可能性を脅かしかねない。
したがって、ベーシックインカムの導入には、それに見合った安定的な財源の確保が不可欠となる。この点については、ベーシックインカム導入に伴う既存の社会保障制度の見直しによる財源の捻出と、増税を含む税制改革の両面から検討する必要がある。
まず、既存の社会保障制度の見直しについては、ベーシックインカムの導入によって不要になる給付(生活保護の一部など)を整理し、浮いた財源をベーシックインカムに振り向けることが考えられる。ただし、ベーシックインカムが現金給付であるのに対し、既存の制度には現物給付(医療、介護、保育など)も多く含まれているため、単純な財源の振り替えだけでは不十分である。ベーシックインカムを基礎部分として、現物給付を含む既存の社会保障制度を再構築する必要がある。
次に、増税を含む税制改革については、所得税や消費税、資産課税などの見直しが検討課題となる。例えば、ベーシックインカムの一部を消費税の増税分で賄うことで、所得再分配と財源調達を同時に行うことができる。ただし、その場合、低所得層への配慮として、ベーシックインカム以外の給付(例えば、住宅手当や医療補助など)を組み合わせる必要がある。
また、ベーシックインカムの財源としては、富裕層への課税強化も選択肢の一つである。例えば、所得税の最高税率の引き上げや、相続税・贈与税の強化、金融資産課税の導入などが考えられる。ただし、過度な富裕層への課税は、経済活力の低下を招く恐れもあるため、慎重な制度設計が求められる。
さらに、AI・ロボットの発展によって生み出される「技術的特異点」の果実を財源に充てる案もある。例えば、AIやロボットの導入によって省力化された分を「ロボット税」として徴収し、ベーシックインカムの財源とする構想である。ただし、技術革新の成果を過度に抑制することのないよう、産業界との丁寧な対話が必要となる。
いずれにせよ、ベーシックインカムの財政的な持続可能性を担保するためには、増税を含む税制改革と、既存の社会保障制度の見直しを柔軟に組み合わせていく必要がある。その際、改革の目的や意義について国民の理解を得ながら、将来世代にツケを回さない責任ある財政運営を目指すことが肝要である。

ロボット税は、AIやロボットの導入により人間の労働が代替されることで減少する所得税収を補填するために提案されている。
具体的な提案としては、ロボットそのものに課税する「ロボット給与税」や「ロボット・ストック税」、あるいはロボットの導入によって得られた経済的利益に課税する間接的な方法などが検討されている。

生成AIの開発・学習段階における著作物の利用
2018年の著作権法改正により、AIの開発・学習段階での著作物の利用は原則として許諾なく可能となった
ただし、著作権者の利益を不当に侵害する場合は許諾が必要
特定のクリエイターの創作的表現を意図的に出力させる目的でAIに学習させる場合や、インターネット上の最新情報の加工・要約を行う際に程度を超えた場合は、許諾が必要と考えられている
海賊版データを学習に使った場合、AIの開発事業者が権利侵害の責任を問われる可能性がある
生成AI出力物の利用段階における著作権
生成AI出力物が「著作物」に該当するかどうかは個別に判断される
生成AI出力物の利用が「著作権者の利益を不当に侵害する」場合は、許諾が必要となる

著作権法第30条の4は、著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合に、著作物を利用することができる規定です。
この規定は、以下の3つの要件を全て満たす場合に適用されます。
著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としないこと
必要と認められる限度での使用であること
当該著作物の種類及び用途並びに当該利用の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとならないこと
具体的には、以下のような利用が可能となります。
技術の開発や実用化のための試験に供する場合
情報解析の用に供する場合
著作物の表現についての人の知覚による認識を伴わずに電子計算機による情報処理の過程で利用する場合
ただし、著作物の種類や用途、利用の態様によっては、著作権者の利益を不当に害するとして、この規定の適用が制限される場合もあります。

著作物に表現された思想や感情を自ら楽しむことや他人に楽しませることを目的とする場合は、著作権法第30条の4の権利制限規定の適用対象外となります。
具体的には、以下のような場合が該当します:
著作物の視聴や聴取を通じて、視聴者の知的・精神的欲求を満たすことを目的とする場合
著作物の表現を楽しむことを主たる目的とする場合
著作物の内容や創造性そのものを享受することを目的とする場合
このような場合は、著作権者の許諾を得るか、著作権法上の例外規定の適用要件を満たす必要があります。
つまり、著作物に表現された思想や感情を自ら楽しむことや他人に楽しませることが主たる目的である場合は、第30条の4の権利制限規定は適用されず、著作権者の許諾が必要となります。

ロボット税の問題点
ロボットの定義が曖昧であり、課税対象の特定が難しい。
ロボットの導入に対する税控除が従来の政策であったため、ロボット税の導入はこれまでの政策の180度転換となり、企業の生産性向上や付加価値創出を阻害する可能性がある。
技術進歩の速さから、ロボット税の設計や導入のタイミングが難しい。
結論
ロボット税は人間の雇用と所得税収の減少に対応するための新たな財源として提案されているが、ロボットの定義や課税方法、導入のタイミングなど、多くの課題が指摘されている。慎重な検討が必要とされる政策提案といえる。

ベーシックインカムは社会的分断を招くのか

ベーシックインカムのもう一つの懸念は、それが却って社会的な分断を招くのではないか、というものである。つまり、ベーシックインカムの受給者と非受給者の間に不公平感が生じ、社会の分断や対立を深めるのではないか、との指摘である。
特に問題となるのは、ベーシックインカムを移民や外国人労働者にも適用した場合の影響である。ベーシックインカムが無条件の給付であるため、外国人も含めた全ての居住者に等しく支給されるべきだという考え方がある一方で、「自国民の税金が外国人に流れている」といった不満が高まることも予想される。
この点については、ベーシックインカムの制度設計において、いくつかの工夫が求められる。第一に、ベーシックインカムの受給資格を、税負担との関係で調整することが考えられる。例えば、一定期間以上の納税実績を受給の条件とすることで、「ただ乗り」への懸念を和らげることができるかもしれない。
第二に、移民の社会統合政策とベーシックインカムを連動させることも有効だろう。例えば、言語習得や職業訓練などの統合プログラムへの参加をベーシックインカムの受給条件とすることで、移民の社会参加を促し、ベーシックインカムが分断ではなく統合に資することを示すことができる。
第三に、ベーシックインカムの意義について、国民の間で丁寧な議論を重ねることが何より重要である。ベーシックインカムが特定の集団への「恩恵」ではなく、全ての人の尊厳を守るための社会の「セーフティネット」であるという意義を、社会全体で共有する必要がある。
むしろ、ベーシックインカムには、社会的包摂を促進し、社会の結束を高める効果も期待できる。例えば、ベーシックインカムがあれば、非正規労働者や失業者、障碍者なども、社会の一員として尊重され、社会参加の機会を得られるようになる。また、ボランティアや地域活動など、必ずしも市場で評価されない活動に、より多くの人が参加できるようになる。
このように、社会的分断の懸念には一定の留意が必要であるものの、むしろベーシックインカムには、分断を乗り越え、社会の絆を強める可能性も秘められている。重要なのは、包摂と尊厳の理念に基づいてベーシックインカムの意義を捉え直し、社会の様々な立場の人々が参加できる丁寧な議論を積み重ねていくことだろう。

批判に対する反論と解決策

以上のように、ベーシックインカムには、怠惰の助長、財政的な持続可能性、社会的分断の深化など、様々な批判や懸念が存在する。しかし、それらの批判の多くは、ベーシックインカムの理念や目的に対する誤解や、現状の社会システムへの固執に基づくものと言える。
例えば、怠惰の助長については、労働を所得獲得の手段としてのみ捉える狭い労働観に基づく批判と言える。人間の創造性や社会参加の意欲を信頼し、労働の意味をより広く捉え直すことが求められる。
また、財政的な持続可能性については、社会保障制度改革と税制改革を通じた解決策を丁寧に検討する必要がある。その際、改革の目的を「人への投資」と位置づけ、社会の持続可能性を高める観点から議論を深めることが重要だ。
社会的分断の懸念についても、ベーシックインカムの理念である「包摂」と「尊厳」に立ち返ることが求められる。ベーシックインカムを特定の集団の利益ではなく、誰もが人間らしく生きるための基盤と位置づけ、社会の絆を強める観点から制度設計を工夫する必要がある。
批判に対して真摯に耳を傾け、建設的な対話を重ねることは不可欠である。しかし同時に、ベーシックインカムが目指す社会の姿を分かりやすく伝え、その意義を共有することも重要だ。ベーシックインカムは、尊厳が守られ、誰もが自由に生き方を選べる社会を実現するための構想である。この理念を堅持しつつ、批判に真摯に向き合い、より良い制度設計を追求していくことが求められている。

ベーシックインカムの限界と課題

以上、ベーシックインカムに対する主な批判とその反論について見てきた。ベーシックインカムは、確かに現代社会が抱える諸問題の解決に寄与する可能性を秘めた構想ではあるが、同時に、それ自体が万能薬というわけではない。ここでは、ベーシックインカムの限界と課題について整理しておきたい。
第一に、ベーシックインカムは所得保障の一形態であり、現金給付だけでは解決できない問題が存在する。例えば、教育や医療、介護などの公共サービスの提供は、ベーシックインカムとは別の施策として拡充する必要がある。また、所得以外の面での格差(機会の不平等など)への対応も求められる。
第二に、ベーシックインカムは「結果の平等」を志向する制度ではあるが、「機会の平等」を保障するものではない。親の経済力などによって子どもの教育格差が生じる問題や、性別、人種、障碍の有無などによる差別の問題は、ベーシックインカムだけでは解決できない。むしろ、ベーシックインカムと並行して、機会の平等を保障するための教育政策や差別解消政策を強化する必要がある。
第三に、ベーシックインカムは資本主義のゲームのルールを部分的に修正するものではあるが、資本主義の根本的な矛盾を解決するものではない。生産手段の私的所有を前提とする限り、富の偏在や経済の不安定性は避けられない。ベーシックインカムを通じた所得の再分配は、資本主義の矛盾を和らげる一定の効果を持つが、より根本的な解決のためには、所有構造の在り方自体を見直す必要があるかもしれない。
第四に、ベーシックインカムは、グローバル化の負の影響を和らげる国内政策としては有効だが、グローバルな不平等の是正には直接寄与しない。

ベーシックインカムは所得再分配を通じて一定水準の生活を保障することで「結果の平等」を志向する制度ですが、個人の能力や努力に応じた所得格差を是正するものではないため、「機会の平等」を保障するものではありません。
ベーシックインカムは全ての国民に一定額を無条件で支給するため、低所得者層の生活水準を引き上げ、所得格差を縮小する効果があります。しかし、中間層や高所得者層にも同額が支給されるため、世帯単位で見ると逆進的な再分配となり、低所得世帯の所得向上には限界があります。
また、ベーシックインカムは教育や医療、住宅などの分野における機会の格差を直接的には解消しません。個人の能力開発や就労支援などの施策とは別の制度として位置づけられるべきでしょう。
ベーシックインカムは「結果の平等」を一定程度実現しますが、それ以上の格差是正や「機会の平等」の実現には至りません。ベーシックインカムを含む総合的な社会保障制度の中で、それぞれの制度の役割と限界を理解し、組み合わせていく必要があります。

途上国の貧困や、先進国と途上国の格差は、ベーシックインカムだけでは解決できない問題である。むしろ、グローバルな課税制度の構築や、途上国への開発援助、貿易ルールの見直しなど、国際的な取り組みが求められる。ベーシックインカムは、あくまで国内の所得再分配政策であることを理解する必要がある。
以上のように、ベーシックインカムには一定の限界があることは認識しておかなければならない。しかし、これらの限界は、ベーシックインカムの意義や可能性を否定するものではない。ベーシックインカムを、より広範な社会改革の一環として位置づけることが重要だ。その上で、ベーシックインカムの限界を踏まえつつ、それを補完し、より包括的な社会保障・社会政策のパッケージを構想していくことが求められる。
例えば、ベーシックインカムと並行して、教育や医療、介護などの公共サービスへのアクセスを保障する政策を拡充することで、単なる所得保障に留まらない、より包括的な社会保障制度を構築できるだろう。また、ベーシックインカムを通じた所得再分配と合わせて、資本所有の在り方自体を見直す(例えば、従業員持ち株制度の拡充など)ことで、より根本的な格差是正を目指すことも可能かもしれない。
さらに、グローバルな格差の是正については、ベーシックインカムの理念を国際的に拡張し、例えば「グローバル・ベーシックインカム」の構想につなげていくことも一案であろう。国境を越えた連帯の在り方を探る上で、ベーシックインカムの理念は重要な示唆を与えてくれる。
大切なのは、ベーシックインカムを、より良い社会を実現するための出発点として位置づけることだ。ベーシックインカムの限界を直視しつつ、それを乗り越えるための想像力と創造力を発揮し、多様なアクターが対話と協働を重ねていくことが求められている。ベーシックインカムは、そうした新たな社会構想のための触媒となるはずだ。

第8章 ベーシックインカムと関連する概念

ベーシックインカムは、様々な社会政策や社会哲学の系譜の中で構想されてきた。それ自体が画期的なアイデアであると同時に、これまでの社会政策や社会思想の蓄積の上に成り立つ概念でもある。本章では、ベーシックインカムに関連する主要な概念を取り上げ、その異同を整理しつつ、ベーシックインカムの理論的・思想的な位置づけを明確化したい。

ネガティブインカムタックスとの比較

ベーシックインカムに関連する代表的な概念の一つが、ネガティブインカムタックス(以下、NIT)である。NITは、一定額以下の所得層に対して、所得税をマイナスにする(すなわち、給付を行う)ことで所得を保障する仕組みだ。

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